ヒトリゴトページ。

主に創作の話とゲームの感想、プレイ記録。テイルズオブ多め。更新は不定期です。

「好きなものを、好きなように、好きなだけ」をモットーに書いていく、創作とゲームの話がメインのブログです。

●2021.3[創作小説公開場所:concerto]にて創作小説の投稿再開してます。

くだらない話

自分でも割と酷い考え方だという自覚はあります。

 

 

常日頃から、関わりたくない人・受け入れられない人→モブキャラとしてモブの言うことは気にしないようにしてる。

お前の人生の主役はお前だって、人生を物語に例えて言うやつ。それをひねくれた捉え方すると、必ず背景キャラもいることになるよね。主役が誰かによって脇役やその他大勢が決まってくるものだから、そのモブキャラも見方さえ変えれば主役になるんだけど。

モブの言動に振り回される主役はいない。いるとすればそれはモブではなく立派な脇役である

別に他の人、友人とかを脇役と見てるわけじゃないよ。そこは誤解のないように。

自分の世界を狭めてるだけで勿体ない屁理屈、とか異を唱える人は絶対いるはず。そういう人物は物語の中でかなり書いてるからね、ルミナとか

私の考えをかなり反映してるのはムツキか。短い人生では時間も関われる人も限りあるし、合わない人と無理に親交を深める必要はあるのか、そういう思考。

自分の代弁させたりするのは好きじゃないんだけども、どうしても同じになる部分はあるから仕方ないです。つーか文学って元々は作者の思いを登場人物に重ねて表現するもんだよねー

 

 

話を戻し要約すると、ハナから交流お断りしたい人はいないものとして扱うべきじゃないかというのが私の考え方。

職場の同僚とか絡みを免れることができない関係性はモブと呼べないから少しつらいけど、その区切りが付けばどうせ脇役からモブキャラに成り下がるわけで。そして私自身もその人にとってモブキャラとなるような生活を心がけてる。つまり地味娘。

体育会系ハイテンション系には恐らく理解されないこの思考回路ですが、これでまあ人間関係ストレスの強さは多少抑えられると思うの。結局のところただの自己防衛でしかないから。